| 2002 10.02 Wed |
|---|
|
今やっと7日ぶりに点滴の管から離れることか出来ました。 思っていたよりかなりストレスが溜まった・・・ 目の下にもくっきりクマが。目も見開いて開いてるっていう感じ。 今日も夕方まで吐き気に悩まされ、かなり苦しんだ。 喉まで上がってるくせに吐けない状態。ずっとムカムカ。 そんな中で同室の今日オペだった患者さんが硬膜外麻酔の副作用で ゲーゲー吐いてるもんだから余計あたしも気分悪くなっちゃって。 もぅ辛さが聞くだけで解るんだよ。 吐かなかったお陰で痩せると宣言したけどむしろ太ってしまった予感。 常になにか胃に入れとかないと気持ち悪いって言う 状況が薬投与の後半3日間当たり続いて・・・太ってしまったようです。 食べてる以外はぐったりベットの上でもがいていたし。 夕方、母と一緒に腕のことについての説明を聞くため外来におりた。 実は7月の終わりに撮っていたシンチで右腕に要注意とされていたこと。 今回の入院時に右腕の痛みを訴えたためCTやMRIを撮ったこと。 言われてびっくりしました。肺の前にすでに・・・って。 とりあえず「右上腕転移」は確実となり、また掛けられるだけの線量の放射線の道。 きっと近いうちに放(射線)科外来にまたかかるでしょう。 先日もヒトリで聞きに行っていたくせに、腕の説明を受け終わった辺りで また貧血状態のような感じで母に倒れ掛かってしまった。 1月16日、骨肉腫の疑いを言われた あの時と全く同じ。 診察室の、あたしの今までに撮った大量の画像が散乱しているベットを片付けて 横になりました。 肺は左肺後ろに1つ、右肺上の方に2つの影。 転移とは断定は出来ないけど要注意。 ボスはこのまま入院のつもりで放射線を掛けるつもりだったみたいで、 こちらはびっくり。タダでさえベット足りなくて足の人も多くて大変なのに。 1時間の距離を遠いといってくれたのは4ヶ月前に仲の良かった患者さんの 急きょ通院に文句をたれまくったからなのかな・・ でもあたしもこれ以上の入院は懲り懲りだし週5日だろうが通うキモチでいっぱい。 動けるからなおさら、ご飯も飽きすぎて食べること出来ない。 入院中は湯船にもゆっくり浸かれない。精神的にも気を使う。 散々経験したので今のあたしにはいっぱいいっぱいです。 我慢できません。「入院して(放射線治療)」って言われたとき泣いたもん。 明日もう500ml×4本の流しをしたらあたしはもう出ます。日曜だけど。 金土とヒマだからすることないけど、正直体調が戻る自信はないから 元気になって退院しようと思います。 昨日部活のメンバーには「またしばらく行けません」報告をしたけれど、 やっぱりかなり無理してメールした。間違ったことは言ってないんだけれど、 あたしは今こころから「闘います!」とは言えない。 闘う気はあるけれど、その前にやっぱり辛さがこみ上げてて・・・ 精神的にも肉体的にもつらいです。きついです。治療嫌です。 そんな言葉はやっぱり言えなかった。 相手を信用してないんじゃないんだけれど、難しいよ。言えないよ、やっぱり。 |
| 2002 10.04 Fri |
|---|
|
今さっき放射線外来を済ませてきました。 いつもの入院患者特権のおかげであまり待つことなく検診。 放科部長先生に、先日屋上ですれ違ったときに挨拶をしていたので 「なんだ、君かぁ」と言われてしまいました。 「あちこち転移しちゃって・・・またよろしくお願いです。」と言いました。 とりあえず後1週間後あたりをピークに白血球が下がると思うし、 今は歩くのもなんとなくふらふら、食欲もまずまずなので、 放射線治療を1週間はお休みさせてもらうことにしてきました。 昨晩21時に昨日分の2リットルの流し(生理食塩水?)を終えて、 今朝回診後に抜針をしました。やっと開放。9日間よく頑張った。 自分でも褒めたいと思います。やっぱり時には自分に甘くしないとね、もたない。 今回は半年前のように点滴の管をはさみで切りたくなる衝動にも駆られなかったし。 そのぶん、朦朧とはしていたので記憶があまりないのですが・・・ 差し替えてから右手は全く使わなかったので、 ケータイのメールもパソコンも字を書くのも違和感があります。 放科外来で放射線治療の同意書にサインしてくる際も、 うっかり間違えて「14年10月14日」と書いてしまいました・・・ 頭もカラダも手もぼーっとしてます。立ってるとめまいもするし。 とりあえず、1週間はゆっくり体を休めようと思います。 放射線治療はとりあえず通院で頑張ってみようと思います。 先日も言ったけどもう入院は精神的に無理です。 体力的にも疲れると思うけど動いている方が体力もつくし。 無理はしないでダメそうだったら言うつもりだけれど、 14回照射とのこと。週5日なので3週間で済むし。 副作用が少ないことを祈って・・・とりあえず腕の方を叩きます。 ちょっと右腕痛くなっってきたなぁ。触ったら表面熱もってるし。 もう大分元気を取り戻しました。 すこしずつメールやレスに答えようと思います。 しばしお待ちを・・・ ------------------------------------------------------------ TREATMENT 化療入院(6クール目)追加 |
| 2002 10.05 Sun |
|---|
|
今日は病院裏にある看護専門学校の文化祭。 化療前は行くつもりだったんだけれど、 いやはや久々の寝不足と骨髄抑制が始まって、 元気なんだけれどかったるくて行くのをやめた。 いろいろ考えることがあって悩んだり、そのことでめも書いたり 昨日週一のボランティア図書で借りてきたマンガを読んだり。 文庫本2冊になった読みきれると思って借りたマンガが、 白血病と闘っている人がでてきて自分と重ねて考えたり。 中身を見なかったからとっても驚いた。 ただの恋愛ものをチョイスしたつもりが(*'‐'*) とりあえず一山越えてあした退院。 3ヶ月ぶりに皮下注射したけれど白血球下がってるから 風邪気をつけなくちゃな。 退院しても学校があるのに、学校に行かなくちゃという 衝動に駆られなくなっている自分。 でもまぁ行ける時にふらっと行こ〜と。 10ヶ月ぶりだ・・なんか緊張する・・ ------------------------------------------------------------ MEMO 伝達 間違った見解 ミス 自我 |
| 2002 10.06 Sun |
|---|
|
無事退院してきました。 なぜか化療終了後、日に日に弱ってる感じ。 今朝の目覚めはなかなかで部屋の中で一番寝ぼすけのあたしが 一番最初に起きてるくらいだったのに、 荷物をまとめたりしているうちに段々ふらふらしてきました。 やっぱり2週間ダラダラしているだけで体力も落ちたのかな。 家に帰ってくるまでの電車もなかなか疲れました。 地元の駅についてから なんとなく気分的にいつもの様に(元)バイト先に寄りました。 去年の12月腰痛の痛みが増したため1ヶ月お休みを貰って以来、 実に11ヶ月間会っていなかった先輩的存在に会いたかったからです。 5〜6歳上らしき彼女はバイトながらも社員同様の働きをしていて ほぼ社員さん同然でした。確か4年目くらいだったかな。 去年の3月に入って最初は怖くて怖くて仕方なかったんだけれど、 毎回怒られながらも根はすっごく優しいし可愛がってもらったし バイトはハードだったけれど楽しかったし彼女のことが大好きでした。 退院してからもときどきバイト先の前を通るもののいつも居なくて 今日やっと会えました。 仕事中だし素で話すのもどうかと思ってきちんとパンを買って(笑) 5分程度レジ前で話しました。久々に会えて、報告できて、嬉しくて また泣きそうになりました。ひさしぶりの感じ。 なんなんだろう、安心感なのかホッとしたのか・・・ 3月に高校の担任の先生に報告するときも言葉の前に涙が出ちゃって 久しぶりに会ったのに泣きじゃくったあの時とおんなじ感じでした。 アレが真のキモチなのかなって思うこともあります。 堪えていたものがどっと溢れ出て普段泣かないのにそのぶん止まらなくなる。 自分は強くなったと思っていても未だに泣きたくなるんだなって 思い知らされる瞬間でもあります。 そりゃ泣きたくもなるよね、自分の中でガン細胞がうずいているんだもん。 健康な良い細胞を蝕んでいるんだもん。健康を削っていっているんだもん。 そう考えるとやっぱり恐ろしい病気にかかってるんだなと思う。 普段はもうそんなこと考えもしていないんだけれど。 今日はなんかやたらと頭皮が痒いです。 昨日お風呂に入っていない(入れる日ではなかったので)からだと 良いんだけれど、なんとなく違う気がしてなりません。 投与した日から2週間。投与を終えてから1週間。 その日は10月9日です。 その辺を目安に髪が抜けるのです。抜けるときのあの痒いというか痛いというか。 人によってはイフォでも抜けないって言われて期待していたんだけれど、 どうなんでしょう・・・来てるのかな。 そんな不安を思いながらひさしぶりにカツラをかぶって絶句。 「に、似合わねぇ・・・(苦笑)」 今までショートはほとんどしたことがなく、 大抵セミロングかボブくらいで小さい頃ロングだったのだけれど、 この数ヶ月短髪に見慣れすぎて自分でも結構気に入ってたから 前髪が眉毛下までのロングにびっくりしました。 コレに戻るのやだな、、いっそカツラも切っちゃおうかな。。 |
| 2002 10.07 Mon |
|---|
|
今日も一日(半日)なんとなくぼーっとしてました。 あんまり体調が良くないのか、昨日寝るのが遅かったからなのか キモチがいっぱいいっぱいで、カラダもなんか途轍もなくだるくて。 寝るのが遅くてもきちんと睡眠時間は摂ったからそんな問題はないとして。 たぶん、精神的なほうが関係しているんじゃないかなと思う所。 血圧が低いときも確かにぼーっとはするんだけれど、 会話してたり家の中ちょこちょこ動いてればすぐ血圧なんて上がるし、 疲労感はなくなるんだけれど・・・今日はやっぱりそういう感じじゃない。 そんなわけで午後〜夕方6時間、まるまる気づいたら寝ていました。 今まで「うつ」のCMを見ていて他人事のような感じだったけれど、 なんか似てるのかな〜って最近思うことがありました。 よく知りもしないのに勝手に「うつ」だというのはどうかと思うけど、 どんなに励まされても自分の気持ちを言っているつもりでも、 胸の奥がものすごくぎゅーっとなってすごく苦しかったり。 周りが言うほどあたしはすでに転移に関してそんなにうじうじしてる気は まったくないつもりでしたが、気持ち的にかなり堪えているのかな、、と 今日今更ながら思いました。 自分で思っている以上に、キモチで支えきれない以上に大きなもの過ぎて、 顔引きつっちゃって素直に笑えなくて気づくとため息ばかり。 そんな状況で頂いたメールを読んでいると、 ものすごく気持ちは嬉しいし、コンタクトを取ろう(返信しよう)と 思うのだけれど、出てくる言葉が見つかりません。 というよりも、今は「ありがとう」の一心ばかりでそれ以上に出て来ないんです。 飾ろうとか、たくさん何かで伝えなくちゃとか 余計なことを考えているわけでもないんですが、 「頑張ります」「闘います」「ありがとう」 すべての頂いたメールに対してせめてこの3つくらいしか言えないんです。 知らないあたしを励ましてくれたり、同感してくれたり、 お礼を言ってくれたり・・・とっても嬉しいです。ほんとにどうもありがとうございます。 それなのに、返事が書けなくてごめんなさい。 毎日ちゃんと読んでいます。受け取っています。 わがままで申し訳ないけれど、しばらく這い上がるまで待っていてください。 |
| 2002 10.09 Wed |
|---|
|
外来と2ヶ月ぶりの学校。 講義を受ける気で行った学校は1月以来なので実に9ヶ月ぶり。 結果的にはなにひとつ講義は受けてこなかったのだけれど・・・ 体調が良かったら・・・ 血液検査だけの外来の後、学校に行くつもりで7時に起床。 着ていく服をすごく悩んだりひさしぶりの慌しい朝を迎えて 通勤ラッシュに揺られて病院に向かった。 今日はクラスみたいなゼミの卒業アルバムの写真を撮るらしく、 せめて写真だけでも一緒に残りたくて張り切っていった。楽しみだった。 しかし、初めて遭遇した外来での摘出手術。 1分でも早く済ませて学校に行きたかったのに、こういうときに タイミングよくこういうのとあたる。しかし30分で外来で摘出って凄いね。 学校についてパンを買って部室で食べて(正確には勧誘期間で外でだけれど) 時間になって写真取る場所に出向いて1年ぶり近くにゼミの子と会って。 でもその後、行くはずだったゼミ(講義)に出る気は全く失せちゃった。 しばらくの通院の間、気が向いたら学校行くつもりだった。 けれど今期までの来年の3月まで、在籍はしているけれど今はもう行くつもりもない。 来年頑張って卒業したいとも今はあんまり思わない。 ちょっと日記には重すぎなので別所に残しておこうと思う。 |
| 2002 10.10 Thu |
|---|
|
旧体育の日。あたしは一日寝ていました。 今朝は起きたらひどい位目が腫れ上がっていて驚いた。 でも昨日は久しぶりにおお泣きしたし、こんなもんかって感じ。 昨日はやっぱり病院後の学校は思っていた以上に応えて 足もちょっと筋肉痛だし夜は日が変わる前にはそのまま寝ちゃったし。 元気だった頃のような感じでした。服もメイクもそのまんま。最悪だ。 昨日うっかり消しちゃったデータは ここ数日悩みに悩んでやっと言えたことだったので結構凹みました。 伝えたかった人たちに伝わっていれば良いのだけれど・・・・ あたしよりも重度であたしの今の状況以上に大変な人はたくさんいるよね。 でもあたしはあたしなりに、今かなり参っていて正直きついです。 悩みや今の気持ちを親や周りの身近な人にも素直に言えているけれど。 受け入れてくれるし励ましてくれるし、まわりからの当たりはよい方だった。 でも「楽な方だ」って言われると無性にまた胸が苦しくなった。 優しくされることだけがすべてじゃないけれど、今は逆風はちょっとキツイ。 |
| 2002 10.11 Fri |
|---|
|
今日も外来。白血球が下がっているため2日おきに様子見。結構大変。 そろそろ下がるのもピークだと思うけれど相変わらず1000台。 今日も一本皮下注射を打って整形外科外来を済まし、放射線外来へ。 予定では一応、今日上腕の照射位置決めと1回目の照射だったのだけれど、 白血球が低すぎなので両方とも来週の火曜に持ち越された。 さすがに腕でも骨髄(骨)に掛けるわけだから多少は影響でると思うし・・・ なので連休明けから毎日通院することになりそうな感じ。気合だ。 もしかしたら平気かも・・という期待は見事に裏切られ、 少しずつ少しずつ、髪の毛が抜けてきました。 やっぱり気になって気になっていじる癖が抜けなくて・・・ 右側の襟足の抜けが妙にすごくて今日一日で10円ハゲみたいになっちゃった。 内側だから傍から見たらまったく気づかれないけれど。 触るともうキレイにそこだけ毛なくてつるっつる。 2日ぶりに入ったお風呂も洗髪はかなり恐る恐る。 しっかり洗ったけれどやっぱり普通じゃない量の毛が抜けた。 初めて抜けたときは病院で、お風呂にも入れなくて、毎日30センチ近くの髪が ばさばさ抜けていたけれど、今回は自宅でお風呂も入ってて長さは7センチくらい。 このままで止まってくれないかな・・・という希望を未だに持ちつつ、 毎日過ごしてる。今回も最後まで絶対かみそりもバリカンも使わない。 っていうか使いたくないし、自然に任せたい。どんな無様な姿になっても。 今日は1つこげ茶っぽいニット帽を買ってもらった。 今のキャラメルブラウンとかなり合うの。中途半端に抜けてもこれなら隠せるし、 今年はニット帽がすごい流行ってるからいろんな種類があって楽しい。 外でも使えるし化療のときは病院でもかぶれるし。 でも今日買ったのはちょっともこもこしすぎてるから寝るときはチクチクするかも・・・ ましてつるつるになってしまったらなお更だ。 そういえばおととい学校行ったとき初めてベッキ−を目の前で見た。 何度も通り過ぎた姿は全部後姿だったけどめちゃくちゃ足細っ! やっぱり芸能人は違うな〜〜。 あと今年の大学内の就職支援マガジンみたいなのの前の方のページで 就職成功者の中に見開きで小原裕貴でてた。びっくり。 |
| 2002 10.14 Mon |
|---|
|
もう今日はほんとに頭が痛くて痛くて・・・・・・ 頭痛っていうのではなくて、とにかく頭皮が痛い。 前回のときよりもひどいんじゃないの?っていうくらい痛い。 前回はかゆさのほうが増していた気がするんだけれど。 昨日辺りから抜け具合がさらにひどくなってきました。 髪にワックス揉みこんだら手が毛だらけになるし。 なんか風が吹いたりすると飛んでる気もするし・・・ あまり感覚がなくなってきた気もするし・・・ 見た目は・・まだほとんど変わっていないと思うけれど、 気づくと肩に最低5本は自然落ちしてはらはらと毛が落ちてる状態。 普通の人からみたら汚いんだろうな−・・・ 明日からの外出は緊急のときのためニット帽は必須だな。 今日は部活の今シーズン初試合だった。 行くつもりもあったんだけれど、結局行かなかった。 ココ最近の睡眠不足の所為と、精神的なもののため。 また体も少しずつ動かしたいと思うんだけれど、 なんか一人で人ごみに出るのがすっごい億劫。 騒がしいのが本当にうるさい。 元気なんだけれど、ふっきれたつもりなんだけど、まだダメそうだ。 あと一歩が気が引けてなかなか行動できない感じ。 しばらくはずっと病院だけかな。病院だけはなぜか落ち着くんだよね。 みんな同じだし気を使わなくて済むし・・だからかな。 ここ数日なにもすることがなくてボーっとしていたんだけれど、 1つ時間も忘れて没頭できるものを発見! 一番最初に始めたのは小学生のときで、前回やったのは中学の家庭科。 編み物をはじめました。今回は初のかぎ針に挑戦。 帽張りでマフラーや帽子は何度か作ったことはあったんだけれど・・・。 初心者にクセに頭っからベストを作り始めました。 昨日から今日の夜までヒマさえあればカキカキやってて後ろみごろの3分の2完成。 前身ごろも後ろみごろも同じ形にするつもりなのでまぁどっちでも良いんだけれど。 今度は編み物やりすぎて調子悪くしないでよ!と母に忠告受けつつ、 はまりにはまってしまった・・・ ベストと平行でやるか、終わってからかはわからないけれど、ニット帽も作る予定。 買うと高いんだもん、することないし、(あるけれど気が滅入ってヤル気しないし) 自分の好きな色で作れるし、いいもの見つけたって感じ。 明日からの外来待ちにも持っていってひとりカキカキ作ろうかなと計画中。
|
| 2002 10.15 Tue |
|---|
|
今日は朝から夕方まで病院に居ました。 予定では 診察→学校にて写真撮影(12時)→放射線治療→知り合いに会う そのために朝6時半起きして7時半に家でて8時に病院に着く計算で 行ったのに・・・せっかく送ってもらった車は渋滞、30秒の診察のために2時間待ち。 整形外科、放射線科診察を終えた段階ですでにお昼を回っていました。 病院から1時間掛かる学校にも結局行けず・・・ 良くしてもらっている4年生との部活の卒業アルバムの集合写真が・・・ 楽しみにしていたのに、あっけなく玉砕しました。切ない。 治療は白血球も微量だけれど下降傾向は脱出したため、 いよいよ上腕の放射線治療開始。 午後2時間待って(病棟に遊びに行って時間をつぶし)位置決めして1回目の照射。 病院を出たのは16時前でした。 とてもじゃないけれどこの間に学校に行ける体力は残っていなかった。 自分の体力に過信しすぎていました。 腕でもやっぱり放射線の副作用でダルさが出たのかな? それとも計5時間近くの待ち時間の所為かな? 最後の予定の知り合いは、他サイトさんのチャットで知り合った3人との対面でした。 入院して3ヶ月した4月あたりにそのサイトさんに足を運ぶようになり、 確かこの3ヶ月くらいでとっても話す機会が増えて 応援してくれて、励ましてくれて、それぞれの思いをぶつけてくれて・・・ 今のあたしにたどりつくまでに支えてくれた方々の一部の人でした。 治療がなければ、もっと長くあちこち一緒に行けたのですが、 こんな夕方までかかったあたしの近くまでわざわざ来ていただいて1時間半ほど お話してお別れしました。 先週退院してからなんとなくヒッキー(引きこもり)気味で、 学校行った直後も半ば投げやりで駄々をこねていたような気がしました。 行きたくない、行きたくない・・・と。 確かにまだ今は正直行って楽しめそうな気もしないし、 治療→学校はカラダが持たないと思います。だから行かない。行けそうにない。 でも自分以外の人と話して、相手の意見を聞けて、 もっと前向きに考えようと思いました。 やっぱりココロのどこかで未だに焦りがあるのも解ったし。 焦っても周りとのステップはどんどんズレていく。 そればっかりはどうしようもないことでどうにもならない。 一番遊びたい盛りに病に臥せって、我慢せざるを得ないことが出て。 いい加減、吹っ切れよと思われるかもしれないけれどそればっかりは消えない。 だから前向きな部分、落ち込み気味な部分、 すべてを持ちながら少しずつ前を向けたらいいなと思えるようになりました。 根本的な自分の考えを中々変えられない(頑固?)なあたしの気持ちも みんな静かに聴いてくださって、ホントに嬉しかった。 どうもありがとうございました。 髪の毛は1日でこんなにひどくなるものか?!というくらい どうしようもなく抜けがひどくなってきました。 今日のやや強めの風に吹かれると吹かれたままの髪形になって戻らない。 元に戻そうといじると10本くらい抜ける。毛根がかなり死んでいるのだと思う。 もうくっついてはいるけれど、触ればハラハラとおちる状態? 自宅に帰ってきてどうしようもなく気持ち悪くて家の中で綿の帽子かぶってる(笑) 正直ホントにウザい!・・んだけれど人工的に手を加える勇気がない。 あと数日?今週中?くらいは髪の毛との戦いかもしれない。 あ−首周りがチクチクする・・・ |
| 2002 10.16 Wed |
|---|
|
通院2日目、さっそく朝寝坊。 「(治療時間が)いつでもいい」という状況のため、 ついちょっぴり気が緩んでしまった。でも1時間待ちで午前中には終了。 午後はちょうど今入院している妹分たちを連れてご飯&お買い物。 妹分というのはあえて年齢だけだけど。高校生の2人は容赦なくこき使うし(笑) タメ語だし、なんでも命令するし。この2人はMEMOの最初の方に出てきてる二人。 年も環境も違うけれど、やっぱり一番近い存在だし、苛められても可愛い(笑)。 闘病的にはふたりが先輩なんだけれど。 あたしも明日(治療)があるし、昨日も一日がかりの病院だったし、 遠出はしたくなかったので池袋に出てぶらぶら過ごしました。 3人こうして外に出てご飯食べたり、買い物したり・・・時間の流れはすごいです。 あたしが最初に入院したとき、ふたりとも術後でしばらくは車椅子。 この10ヶ月は本当にあたしには計り知れないくらい頑張ったと思うふたり。 術後のリハビリの大変さや足が不自由になる辛さはあたしには理解できないもん。 神経的な関係で足が動かなくなったり寝たきりになった辛さはわかるけれど。 途中、クレープやアイスを食べていたときに3人で揃えて言ったこと。 「うちらどこからどうみても普通の女の子だよね〜」って。 3人中2人はカツラかぶってるのに。一人には片足ほぼ全部人工関節なのに。 こういうことが出来ると、今の治療も、副作用も辛いけれど、 頑張ってまた楽しく過ごそうって思えるようになります。 知り合って10ヶ月目、初めて3人だけで外で遊びました。 先週あたし、今週N、来週S。化療を乗り越えて這い上がろう! |
| 2002 10.17 Thu |
|---|
|
放射線を始めてからちょっと腕がうずくようになった。 痛い・・わけではないんだけれど腕の中でなにか動いてるような(怖)。 照射前はあまり感じられなかった腫瘍熱も今はやったら腕が熱くなってるし。 がん細胞が闘っているのかな?すこしずつやられてきてるのかな? 今日もあいかわらず1時間半近く待たされた。 途中あまりにヒマだったので知り合いが居そうな整形外来に行ってみた。 そうしたらなんとなんと、外来に居た20人近くの半分以上お知り合い。 あたし顔広いな〜って思った。ほんとに。 長期入院の特権だけれど、いろんなひとと話して過ごしてよかったな〜て思えた。 まだお互い治療中の身でも、病気の種類は違っても、ある意味みんな戦友みたいなもの。 気心知れているし、みんな年上で可愛がってくれるし。 ちょっと人気者になった気分でした。 先週から今週に掛けてもひさしぶりに化療仲間が重なって大集合したし。 通院3日目、さすがに2日連続遊んだため疲れが出てきました。 お陰で夜は良く眠れるんだけれど。 明日1日終われば週末はないし、ゆっくり体力温存をしたいと思います。 でも通院にしてやっぱり良かったと思う。 毎日片道で最低15分くらいは歩くけれど、それが丁度いい運動にもなる。 もしあのまま入院していたらあの気の滅入った状態から今も抜け出せないで居たと思う。 おとといよりも昨日、昨日よりも今日、あたしの大まかな性質を知っている人と 話す機会があって話し終えたあとは幾分軽くなれている。 病院もそんなに遠くないし、まぁ無理しないように頑張らねば。 今日はなんとなく、ちょっと悩んだ末にあるマンガを購入。 井上雄彦さんの「リアル」。知っている方多いかなぁ? 最初短編ものかと思ってて、知らない人のマンガだとも思ってて、 本屋さんで見つけたときはあ、この人のかぁって感じだった。 「骨肉腫」。同じ悪性骨腫瘍の病気を取り扱ってるものです。 自分の周りにも骨肉腫の知り合いは7、8人居て、 あたしは足を患っても居ないし大手術はしたことがないから 一概には重ねきれないけれど、やっぱり初めての同種の病気物のおはなしは 多少読み終わってから考えるものがありました。 まだ2巻までだからさっぱりだけれど。 先日、掲示板で知った同じユーイング肉腫を患った子の本も、 本屋さんに行くたびになんとなく探してしまったりします。 ネットでももちろん即買えるし注文すればすぐなんだけれど・・・ 読んでみたい気持ちと、残念ながら病気が上回ってしまった同病の方の闘いを読む勇気、 今現在、闘っている身としてすこし複雑な気分でなんとなく手が出せなかったりします。 |
| 2002 10.18 Fri |
|---|
|
とりあえず1週間通院終了。 結構疲労感溜まりました。ぐったりです。 今日こそは即帰宅、即お昼寝の計画を立てていたのですが、 明日から化療が始まる長野っ子の妹分に ヒマだからどこか連れてってと言われ、 いつものごとく自分を後回しにしてしまいました。 お昼&2時間ほど一緒にぶらぶらしましたが、 さすがに眠さと疲れの限界だったので中途半端ながら彼女を病院に帰しました。 うーん・・・最初っから断ったほうが良かったのか、 少しだけだったけれど連れ出して気分転換になったのか・・・ でも喜んでもらえて良かったんだけれどね。 恩着せがましくするわけでは決してありませんが、 人のお誘いは断ることが出来ません。 もちろん断ることもあるし出来るけれど、 相手の気持ちがわかるゆえについ自分を犠牲にしてでも乗ってしまうところありきで。 これがあたしの良い所でもあり、悪い所だと改めて実感。 ちょっともっとある程度割り切ってわがままにならないとな〜。 こんなんだからカラダ壊すのかも。 へとへとになって帰ってきたら母からの報告。 「あたしも癌研行くことになった。」 きちんとした検査を受けるためになので、 まだはっきりとしたことは解らないのですが・・・・ 今月の子宮ガン検診で左卵巣が腫れているのが解ったそうです。 母は昔から子宮筋腫は持っているのですが、 年齢的にも大きくことはなく放って置けるもののようです。 やっと1週間経って気持ち的に上向きになってきたのに、 また新たな不安が襲ってきました。来週の月曜に一緒に病院に行きます。 7月に父が手術したのも一種の「腫れ物」の所為でした。 大きな病気では決してないのだけれど。 母方の祖母も母が学生のときに子宮筋腫の手術をしたそうです。 やっぱり家はそれなりの遺伝だったのかなぁ・・・ まぁ必ずしも遺伝で肉腫になるとは思えないけれど。 もう「腫」って漢字見たくないよ。ほんとに。 自分の病気以外はほとんど未知識だから婦人科系のガンもさっぱりだけれど、 どうか悪いものじゃありませんように・・・・・・・・・・・・・・・・・ |
| 2002 10.21 Mon |
|---|
|
先週の土曜日から胸の痛みを感じた。 時々心臓の辺りが痛かったり大きく深呼吸をすると少し息苦しかったり。 そんな週末を過ごして今日からまた通院。 不安いっぱいなので予約はナシだったけれど整形外来に行った。 いつもより行った時間が早かったためか、待ち人数は少なかった。 でも明らかにあたしの診察は早めてくれたみたいだった。 診察室に入ると、あたしのカルテに付箋が貼ってあって、 『体調が悪い。痛みあり。』みたいなことが記されてあった。 外来受付の仲の良い助手さんが書いてくれたのだろうか。 先生も少しあわてた様子で急きょ“至急”と言われ、 血液検査と肺レントゲンの検査が入った。 その場で体温も測らせられたが37.0℃。いつもとほぼ同じ。 検査が済み、また呼ばれてドキドキしながら今度は部長診察。 いつもの穏やかさは無かったが・・・検査に異常はなかった。 肩の力が抜けた。良かったぁ・・・・。 今日の2つ目の不安。母の診察。 心の中では悪いものだと決め付けて行った。それなりの覚悟で。 あたしがリニアック(放射線)を終え、検査、診察の間、 婦人科でまだ待っていた母。約3時間。 診察を終えて、2人で結果を聞いた。 が、今日だけでは何とも決まらなかった。 超音波では見難く流れてしまっている所為だとか。 ただ地元の婦人科からの紹介状には “卵巣嚢腫の疑い”と記されてあった。 今日の検査でわかったことは左卵巣に430mmのしこりと 子宮の右側に300mm程度のしこり。これは昔からある問題ナシの子宮筋腫。 最終的に病名がわかるのは11月8日。 他院でのMRIと今日の血液検査の腫瘍マーカーの結果が出る日。あと18日。 あたしは婦人科系のガンや腫瘍のことは何も知らない。 腫瘍マーカーもあたし自信は聴いたことがない。 不安だらけだ。 化療?手術?放射線?一体どうなるだろう・・・ 夕飯はひさしぶりに家族4人で焼肉へ。 なにげに炭火の焼肉は家族では初めて。 なんかみんなで焼いて食べて・・・ それがものすごく嬉しかった。 それを表にはうまくだせなかったんだけれど(苦笑) |
| 2002 10.22 Tue |
|---|
|
高校生のイチ妹分、Sの退院日。 金曜に貸したお金を貰いに&またしばらく会えないから 治療と診察を済ませて病棟に行った。 でもお母さんともども2人とも居なくてしばらく待機。 この間、2人は呼吸器か外来に行っていたそう。 なぜかドキッと言うか・・ゾッとした。 彼女はあたしの1ヶ月前に肺転移。(日記参照) 今日突然の診察だったそうだ。 初めて今日教えてくれたのは、右1、左1、肺門1にあるということ。 肺門は手術が出来ない場所らしい。 大きさまでははっきり知らないみたい。 「呼吸器」と聞いてゾッとしたのはやっと(?)現実なんだ・・・ と叩きつけられたようだったため。 今現在、同じように肺ないし別の転移と闘っている人の存在、訃報、 どれも耳にはするものの、どこかでやはり他人事だった。 痛みや実感がないため他人事と思いたいのかもしれない。 でも一番現状や年齢、仲の良いSのことだけは 他人事には思えなかった。 彼女は手術は断固拒否の姿勢。 まだするかも決まっていない経過観察中のようだけれど。 手術が出来ないものがあるから? 化療で消えるならそれが一番だと思っているから? 手術してもどうせ再発はある・・とおもっているから? もう一人の肺手術した子の大きな深い傷を見てしまったから? あたしはどうするのだろうか。 生検のみで手術を終らせたかったのだけれど、 こればかりは・・・最善の方法が手術ならやるだろうな。 そりゃあ、やっぱり化療で消えるなら・・・そう思いたい。 手術のこと、学校のこと、命のこと・・・ いつもは離れてるしメールでのやり取りも 今回始めて1時間以上真剣に話しをした。 ------------------------------------------------------------ MEMO 本音に続きます。 |
| 2002 10.27 Sun |
|---|
|
気づいたら自分の大好きな、このサイト名でもある金木犀が散っていた。 というより、まともに見た記憶がない。 この1ヶ月、あっというまに過ぎた気がする。 先回の化療から今に至るまで土日以外はすべて病院に行っているのに、 散った金木犀しか見てないなんて。よっぽどボーっとしていたのかも。 今回、半意図的に1週間更新しなかった。 なんとなく、ネット上にこの凹んだキモチをアップする気になれなかった。 誰でも見ることの出来る所に、軽々しくすぐに載せたくなかったこの不安。 気になっている人、心配してくださる人が居るのを承知で 数日放って見ようと思って実行した。ネットもしなかった。 この一週間はとにかく編み物に没頭した。 またここで頑張りすぎちゃったんじゃないかなっていうくらい編みまくった。 でもそうしている間は何も考えずに時間だけが過ぎていった。楽だった。 知人の死、自分の体調不良、母のこと、気分的な落ち込み・・ すべてが重なってどうしようもなく落ち込んだ。這い上がれなかった。 考えていたこともマイナスなことばかり。ドロドロ。 今はネット上の繋がりくらいが一番機能しているのに。 ウザイとかそんなんじゃなくて、ただなんとなく。そしてしばらく離れた。 今日は病院以外でひさしぶりに外に出ていろんな方と接した。 行けば上昇するかと思った気持ちも、どうしても這い上がりきれなかった。 楽しかった。気分転換にもなった。 でもあいかわらず異常のない右胸は先週よりも痛くなっているし、 風邪薬のせいでボーっとしてる感じもあるし。 なんか、みなさんに申し訳なくてごめんなさい・・・・・という気分。 年齢差もあるけれど、ノリ悪かっただろうな。いつもこんなんじゃないのに。 今日会ってくださった皆さん、本当にありがとうございました。 ------------------------------------------------------------ DIARY 2DAYS MEMO 7点 TREATMENT |
| 2002 10.28 Mon |
|---|
|
今日は一日よく考えました。 あたしは悩むと結構深く考えちゃって、 しかも楽観的よりも悪い方に考えてしまうみたい。 1週間、へんな訴えをトップで言っていたけれど、 あれはただの自分勝手だったのでは・・ ここで書いている日記やメモも果たしてこんなに書き綴ってよいか・・・ と悩んだわけで。 いろいろ考えて一部を外すかいっそのことサイト閉鎖も考えました。 でも悩んだ末にこのまま続けていこうと思いました。 すこしサイトに対する考え方が変わったというのかな。 これからは気をつけなくちゃ・・・と心機一転とは言えぬものの 新たな気持ちで、気分もちょっと上げて再出発しようと思います。 見ている方からしたら何が変わるわけではないんだけれど。 1週間ずっと落ち込み気味で暗いことばかりだったけれど、 それもいい加減、疲れました。胃痛も抜けないし。相変わらず胸骨も痛いし。 すぐには上昇は出来ないけれど、もっと前向きに行こうと思います。 そうしないと、今のままじゃもっと体調不良になりそうだから。 ------------------------------------------------------------ TREATMENT |
| 2002 10.30 Wed |
|---|
|
親が一番心配しているコトにはまってしまった感じ。 止みつきになったとかじゃなくて悪い方の穴に落ちたような。 今までは弱音吐いている人がいたら上向きに上向きに持ち上げられたのに、 自分が弱っていると相手は上向きに出来ても反動で自分がどうしようもなく落ちる。 あたしにはそんな強さは無くて、むしろそういう部類はめっぽう弱い。 化療ってどのくらいやるの? 転移した人は基本的な1年じゃ終わらないよね? 手術も出来なくて、化療も出来なくなったらどうなるの? 放射線も掛けられなくて出来ることが無くなったら?? あたしは医者じゃない。 きっとお医者さんでも聞かれたら戸惑うんじゃないの? あたしは度は違っていてもあくまで貴方と同じ転移患者だって。 外に出て少し上昇した矢先に、どん底まで落ちた。 胃が痛い・・・気持ち悪い・・・吐きそうだ。 あたしが他の人に勇気を与えられるのは自分が元気なときだけ。 自分よりも苦しんで弱っている人の前で弱音は吐けないのに。 だからあくまで平生を装って接していたんだよ。 しばらく同じように闘っている人と接するのは無理そうだ。 病棟にも顔出しに行けない。 前向きさがなくなりそうになる。 あたしは出来るところまでなんでもやって闘う。 相手が元気になる前にあたしが壊れる。 |