■悪性腫瘍が見つかるまで
>>2000年後半

トモダチと2人で歩きながら帰っていたときのこと。
あたしはいつも右側だった。道はいつも左側を歩いてた。

「ちょっと寄って来ないでよ!(笑)」

あの時そう言われてあたしも無意識に歩いていたから覚えてなかったけれど・・
あたしはくっつこうとして近づいているのではなく、ホント自然に。
もしかしたらコレも(病気の所為??)・・@である。

11月から12月にかけて、あたしはよくお風呂上りにストレッチをしていた。
その時、左足の曲がり具合が微かに右よりも硬かった。
ほら、左右違うでしょ?人間の体って。
もしかしたらコレも・・A。


>>2001年3月下旬〜

高校卒業後、人生初めてのバイトを始める。
自給800円の割りにかなりハードなパン屋さんの販売。
朝6−9時が自給930円&仕事がラクなため、
夜型人間のクセに頑張って早朝勤務に励む。
まだ特に異変ナシ。


>>2001年5月下旬〜

大学にてアメフト部に入部。
マネージャー業務に専念。
授業のない日はバイト、土日はバイトと部活の生活が始まる。
この時期から腰に痛みを感じ出す。
前期の体育のバトミントンも痛みをこらえながら楽しんでいた。

でもバイト先でも腰痛もちが結構居たので気にしない。


>>2001年8月

夏休み中の部活の合宿中、
肩こり症の友達をマッサージしたときに、
あたしは腰に乗ってもらったりした気がする。
(ふざけてる様でそうすると楽だったため)
暇な時間は膝を抱えて寝っころがったりしてみる。
(腰痛にいいと親に言われたため)
どれくらい腰が痛かったかは覚えていないけれど、
腰痛に効くと言われたことはしていた気がする。
夏休み中、バイトはは時に週5日×8時間労働とか普通に頑張っていた。


>>2001年10月

あまりの腰の痛さに、24日市内にあるS病院に初診。
しかしレントゲンの結果、特に異常も見つからず。
S病院の整形外科が土日が休診のためと、
土日のマネージャー業務を休むことで周りのマネと揉め事になり、
異常もないので通院をすることを辞める。
バイトも部活のない日は入れるだけシフトを入れていた。

部活、練習後サッカーグランドを借りたときはトンボを使って
グランド整備をした。たぶんこの時期だったかな。
その時、どんなに真っ直ぐに歩こうとしても曲がっちゃって、
先輩達に平衡感覚ないって笑われたことがあったっけ。
もしかしたらコレって・・B。もしかしなくても痛かったから絶対。


>>2001年11月

部活のシーズン真っ最中。
主に週2回に1回のペースで試合があった。
この頃には気づいたときにはまともに走ることが出来なかった。
それでも腰痛だしと思ってシップを貼ったりマッサージをしながら
我慢しながらボール拾いなどで走り回っていた。

先月に比べてかなり痛みが出てきたので、
19日小学校のとき骨折したときにお世話になった市内の別のS整形外科に初診。
しかしレントゲンの結果は異常ナシ。
この時既にレントゲン台の上に乗るのがやっと。
左足は自力じゃ持ち上がらない状態。
左足が痺(しび)れているため椎間板ヘルニアの疑いが出るが、
レントゲンでも異常ないので「おかしいなぁ」などと言われる。
初診1週間後も通院するが変化ナシ。


>>2001年12月

まともに生活が送れなくなり始める。
朝起きて腰が痛くて起き上がれない日は学校を休み寝たきり状態
寝たきりですることが無かった間、
腰痛の本を2〜3冊読んでいろいろ試してみる。
しかし、痛いばかりでなんの進展も無く終わる。
しばらく寝たきりだったある日、寝返りをうとうとしたとき腰が『ゴキッ』と鳴る。
かなりの激痛。あまりの痛さに泣き叫ぶ。
ギックリ腰だと思い自宅でマッサージを繰り返していた。
(この時の音は未だ何だったのかは解りません。)

何日かして動けるようになって7日S整形外科にいく。
しかし相変わらずレントゲン異常ナシ。
念のためということでMRIの機械のあるNクリニックを紹介されるが、
予約は1週間後。1週間様子を見ながら安静に寝たきり。

14日、NクリニックにてMRIを撮りそのまま写真を持ってS整形外科に行く。
しかし、MRIの検査結果も異常ナシ。このとき撮ったのは腰だけ。
その後、年末までS整形外科に腰痛の痛み止めの点滴を打つため7〜8回通院。
通院といっても診察はせず、リハビリテーションにてマッサージと点滴を繰り返した。


>>2002年1月

12月に比べだいぶ痛みが楽になる。
短大の後期最後の1週間(7−11日)は試験もあったので足を引きずりながら登校。

一向に回復の兆しが見られないためS整形外科に通院しつつも10日整体に行ってみる。
1回じゃ効果はあまり見られないとのことであと2、3回はハリ治療を受けることになり13日にも整体でハリ治療を行った。

>>2002年1月16日

3回目の受診のため整体にに行くが、ハリの効果が表れない様態に
整体の先生から整形外科のあるS診療所を紹介される。
この日は受診はせず、先生と共に受診するはずだった時間にS診療所へ。
S診療所で『レントゲンを撮ります』と言われたときは、
「どうせまた異常はないだろう」と安易に考えていた。

レントゲンが出来るまでに念のためといって採血することになった。
採血と聞いたとき初めて不安がよぎった。
今までの病院で採血なんてしていなかったし、
整形外科で採血なんてされるとは思わなかったから。

レントゲンの結果、
『左の骨盤の骨がはっきりと写っていない』と言われた。
素人のあたしや母にはよく違いが解らなかった。
レントゲンだけじゃ判断できないため、
また別のK病院にいってMRIを撮って来るようにと言われる。
言われたとおりこの日の午後、東京のK病院にMRIを撮りに行く。

いったん家に帰り昼食を済まし、1時間かけてK病院へ。
10月に初めてMRIを撮ったときは30分程度だったため、
同じように考えていた。

が・・・・

なんと120分もあたしはMRIの中に入っていた。
このとき既に仰向けで横になることが苦痛だったにもかかわらず、
仰向けに寝て2時間機械の中で痛みに耐えながら泣いていた。
検査を終えたときには既に外来診察時間がとっくに終わっており、
薄暗い待合室で母が待っていた。
そのとき初めて時計を見て120分も検査していたことを知った。

S診療所にMRIのフィルムを持っていくはずが
すでに終わったときには19時を回っていたため検査結果は翌日になった。

>>2002年1月17日

朝からMRIのフィルムを持ってS診療所へ。
写真を見たとたんに先生が発した言葉は、
『やっぱり…早急に手配しないと・・・』だった。
先生の表情、態度から大きな病気であることが察することが出来た。
レントゲン、MRIから骨肉腫という診断を受けた。

骨肉腫…
いったいコレがどんな病気なのか、この時は知る由も無かったけれど、
診断された瞬間、目の前が真っ暗になった。
診察室内で真横に居た母に倒れ掛かった。
貧血が起きたかのように力が抜けて、心臓の音だけがドクドク言っていた。
約半年、ただの腰痛と信じていただけに、ショックなんてもんじゃなかった。
明らかにただ事ではないんだろうということだけが頭の中をぐるぐると回っていた。

家に帰って父親に報告。
「腫瘍だってぇ〜・・・。」
このとき、父親がものすごく驚き「腫瘍?!」といつもの大きな声で
聞き返されたことは忘れもしない。
言っている張本人のあたしは“腫瘍”という意味さえ解っていなかった。