■精密検査から入院まで
>>2002年1月18日

骨肉腫の診断を受けた翌日、紹介された癌研究会附属病院へ。
整形外科の外来が8:30〜午前中のため、朝7時すぎに家を出る。
腫瘍が良性か悪性か…それをはっきりさせる為に。

診察室に入り、今までの経過を説明する。
そして一番最初に行ったのは細胞診の針生検
針生検とは、局所麻酔を行い腫瘍の小片を直接針を刺して採取する検査。
これで良性か悪性かを判断出来る。
腰に打つ局部麻酔も痛かったが、
針を刺した瞬間がかなり痛かった。
針を刺したとき"カシャン"って音がした。
なにかを打ちつけたような音。
この針を刺すときの独特な音は忘れられない。
(ピアッサーみたいな音だったな。)

検査結果がでるまでに、受けなければならない検査は山ほどあった。
レントゲン、CT、MRI、超音波検査、採血…
9:00-16:00の間にたらいまわしのように検査を受けた。
検査のため昼食も抜き、あちこちに回った。
すべて終えたときは貧血を起こしフラフラになっていた。
食事を取れなかったことと、前日病気のことを考えすぎて
睡眠が3時間弱しかとらずに出かけてしまったからだ。

あらゆる検査を行っている間に、一番最初の針生検の結果がでる。
検査の結果、悪性の肉腫と診断される。(肉腫ってなんだ?)
肉腫の中のユーイングか○○のどちらかで検査手術してみないと解らないとのこと。
ユーイング?何言ってるんだかさっぱりだった。
この時、なにも知識が無いため、たいしたことは聞けなかった。
『悪性ってことは要はガンですか?』
『入院はするんですか?』
『抗がん剤というものもしなくちゃいけないんですか?』
『手術はしなければならないんですか?』
答えはすべてYes。
抗がん剤なんて知りもしない言葉だったのに、ふと口から出たのが驚きだった。

先生から、なんのためらいも無く『悪性腫瘍』です、と診断。
突然の予想も出来ない『ガン宣告』
もう頭の中真っ白で、親が入院手続きをしている間、
外来の椅子に座って涙だけがぼろぼろこぼれていた。
自分がガンになってしまったこと、
入院=大病っていう変な偏見が頭を離れなかった。
これから待ち受ける辛い治療のコトなんかまだ考えられなかった。

まだベットが空いていないので、空き次第即入院と言われた。
帰りの電車の中で『頑張ろうね。』と母に言われた。


>>2002年1月19日−21日

ガン宣告から翌日、自宅の電話が使用中だったため
自分のケータイに癌研究会附属病院から電話が入った。

『22日(火)に入院、2日後の24日に手術が決まりました。』

腫瘍が見つかってからの流れがあまりにも速すぎて、
精神的に全くついていけなかった。
受け入れられなかったけれど、越えなければならない運命。
入院までの3日間、入院のための支度をしたり、
短大の後期試験の欠席届や念のための休学届けを書いたり…
あとはすることが無ければ常に涙を流していた気がする。
コタツに入ってテレビを見ていても、
夕飯にみんなでお鍋をつついているときも、
目の前に侵されている恐怖と不安に押しつぶされそうだった。


ここまではあくまで自分で気づいた辺りからをつづっております。
いつ頃から腫瘍たるものが出来たかは全くわかりません。
高校2年の時(1999)の友達から「あの時も腰痛いって言ってたよね。」と
言われて覚えてない自分があったりもしました。
当時、部活で激しいくらいに腹筋、背筋をやっていたこともありますし、その所為だと思っていたんだと思います。めったにならない病気ですが、(日本に250人程度しか居ないそうです。)
なにか異変を感じたら早めに病院に行くべきなんだと思い知らされました。
異常が無ければ「良かった良かった」で済むしね。